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1966年、イヴ・サンローラン(Yves Saint LAURANT)がプレタポルテライン「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ」のブティックをパリに開設。
●ブランド情報
イヴ・サンローラン(Yves Saint LAURANT)は、1936年8月1日、アルジェリアのオランに生まれまし た。彼が幼少の頃、家族とともにパリへ引っ越します。
そして、彼の天才的なファションデザインの才能は早くも開花しました。
17歳の時、パリのChambre Syndicale de la Haute Couture ファッションデザイン学校に入学します。そして、IWS主催のデザインコンクールでカクテルドレスを発表し、最優秀賞を受賞したのです。ちなみに、同期にはシャネルのデザイナーであるカール・ラガーフェルドも作品発表をしていました。
サンローサンは、翌年、クリスチャン・ディオール(Christian Dior)の目に留まり、デザイナーとして迎え入れられます。
そして、1957年、クリスチャン・ディオールの死去に伴い、若干21歳で後継デザイナーに就任します。
さっそくイヴは、持ち前の磨き抜かれたセンスで大仕事を始めました。
翌年の秋のパリ・コレクションで、ウエストがくびれた伝統的なスタイルとは異なり、いわゆるブランコ線とよばれる「トラペーズ・ライン(Trapze Line)」を採り入れた服を発表しました。
その作品の反響はものすごいもので、「イヴ・サンローランがフランスを救った!」と一面に大見出しで評した新聞もあったそうです。
1962年、ピエール・ベルジェとともにオートクチュールメゾンである「イヴ・サンローラン(Yves Saint Laurent)」を発表します。
以後、シースルー、サファリルック、モンドリアンルック、スモーキング、パンタロンなど、次々と意欲的にエレガンスなスタイルを発表しました。
サンローランは、常にバレンシアガを意識したエレガントでシックな美を追求していたといわれています。
ちなみに、Y、S、Lを華麗に組み合わせたロゴは1963年有名デザイナー、カサンドラ(A.M. Cassandre)によって誕生しました。
そして、1966年、プレタポルテ「イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュ(Yves Saint Laurent rive gauche)」のブティックをパリにオープンします。
ちなみに日本では、2001年9月、表参道にイヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュのショップをオープンしています。
サンローラン本人に「私はいつも、ドヌーヴをイメージしてデザインしている」と言わしめるほど、60年代後半まではカトリーヌ・ドヌーヴがマスコット的存在として位置していました。
サンローランは、卓越した技術と多大なる存在感で多くのデザイナーに影響を与え、敬意を込めて「モードの帝王」と称されました。
イヴ・サンローラン社がグッチ(GUCCI)社に買収されたのを受け、2001 S/S よりイヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュのデザイナーにトム・フォード(Tom FORD)が就任します。
しかし、すでにサンローランはフランスにおいて神格化されており、周囲から猛反発を受けたため、オートクチュール部門はそのまま彼が続けたという逸話もあります。
しかし、2002年1月22日に行われた、パリ オートクチュール・コレクションを最後に、イヴ・サンローランは惜しまれつつも引退し、オートクチュール部門は閉鎖されました。
現在は、イヴ・サンローラン リヴ・ゴーシュのみの展開となっています。
2007年6月には、新ブランド「エディション24(Edition 24)」を発表しました。従来のサンローランのベストセラーやアイコンアイテムを、現代女性向けに再編集したものとなります。
「モードの帝王」イヴ・サンローラン。
彼はプラタポルテの進出に力を注ぎながらも、オートクチュールの技術も同時に守り続け、「最後のクチュリエ(高級服デザイナー)」とも称されました。
彼は1985年に、ジャック・シラク大統領から、そして、2007年12月6日には、サルコジ大統領からレジョン・ドノール勲章を授与されます。
2008年6月1日、イヴ・サンローランは惜しまれつつこの世を去りました。
●主なブランドライン
ダウンタウン
ダブル
ミューズ
●公式サイト
・Yves Saint Laurent(英語、フランス語)
http://www.ysl.com/
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