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●起源・設立
1915年、クリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balenciaga)がスペインのサン・セバスチャンに仕立屋を開設。
●ブランド情報
クリストバル・バレンシアガ(Cristobal BALENCIAGA)は1895年、スペインのサン・セバスチャン、ゲタリアに生まれました。
彼は、マドリードの仕立て屋で修業を始め、才能を認められます。
そして、1915年、サン・セバスチャンに仕立屋「バレンシアガ」を開設しました。
1919年、パリ オートクチュール・コレクションに初参加し、翌年にはマドリードに支店を開店するまでに成長しました。
しかし、1936年にスペインに内乱が起こり、バレンシアガはパリへ移ります。
そして、1937年、パリのジョルジュ・サンク通りに改めて店舗を開設し、同年秋のパリ プレタポルテ・コレクションに初参加しました。
1939年、ウール生地の「黒いドレス」シリーズを発表し話題を呼びます。
そして、1951年、パレルラインのスーツの発表したのを皮切りに、香水「ロー・フレッシュ」を発表。また、「iラインのドレス」や「チュニックドレス」、「ベビードール・ルック」など斬新作を次々と発表します。
1958年には、サックドレスを発表し、同年、レジョン・ドヌ−ル勲章を受賞しました。
また、1967年には、スクエアショルダーのスーツを発表しています。
ちなみに、1950年代から1960年代にかけて、バレンシアガのオートクチュールの顧客には、ポーリーヌ・ド・ロートシルト、グロリア・ギネスらがいました。
クリストバル・バレンシアガは、1972年、スペインのヴァレンシアで亡くなりました。
彼は、完璧な縫製技術によるシンプルかつ芸術性の高いスタイルで「クチュールの建築家」とも称されました。
立体裁断に冴えをみせ、また身体に密着しない彼のシンプルなデザインは、洋服の大量生産の基礎となりました。
彼のシンプリシティは、彼のアシスタントをつとめたことがあるユベール・ド・ジバンシー(Hubert de GIVENCHY)、アドルフォ・サルディーニャ、アンドレ・クレージュ(Andre COURREGES)、エマニュエル・ウンガロ(Emanuel UNGARO)など、数多くの名デザイナーに影響を与え、「モードの巨匠」とも称されました。
バレンシアガの死後、1993 S/S から1997-1998 A/W までジョセフュス・メルキオール・ティミスター(Josephus Melchior THIMISTER)が、1998 S/S からは、ニコラ・ゲスキエール(Nicolas GHESQUIERE)が主任デザイナーを務めています。
2001年、バレンシアガはグッチ(GUCCI)グループの傘下に入ります。
2006年6月30日、株式会社リステアホールディングスとグッチグループの共同出資会社である「バレンシアガ・ジャパン」を設立しました。
2007年10月から、サフィロ・グループ(SAFILO)とアイウェアに関する生産・販売契約を締結し、アイウェアラインをスタートさせています。
●主任デザイナー
ニコラ・ゲスキエール(Nicolas GHESQUIERE)
●主なブランドライン
ザ・ファースト
ザ・シティ
ザ・ワーク
ザ・メッセンジャー
●公式サイト
・BALENCIAGA(英語)
http://www.balenciaga.com/#Id=/Home
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